David Cross 2005.8 来日

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zoom RSS David Cross Biography

<<   作成日時 : 2005/06/30 20:10   >>

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1948年、英国プリマスにて生まれる。シネマ・オルガンや教会オルガンの演奏者だった父親の影響を受け、幼い頃から聖歌隊に入るなど音楽への道を歩んでいた。9歳、小学生のときヴァイオリンを習い始める。はじめて買ったヴァイオリンはジャンク・ショップで1ポンドで手に入れた物だった。学校のサッカー・チームではライトバックでプレイ。高校時代にはラグビーチームのキャプテンでスクラムハーフだった。

大学時代にはフルートを習得するかたわら、音楽と演劇の教師を目指して勉強中にいくつかのオーケストラやセミ・プロのジャズ・バンドなどでヴァイオリニストとして活動を始め、P.J.プロビーのバンドに加わったこともあった。1969年にはフォーク・ロック・バンドのザ・リングスを結成するが商業的には失敗した。次に結成したウェイヴスはクリムゾン所属のEGマネージメント経由でデビューの話もあったものの、バンド自体が空中分解し、旅行代理店に勤務するサラリーマンへの道を歩み始めた。

1972年に、ロバート・フリップからキング・クリムゾンのオーディションの話があり、それに合格した。『太陽と戦慄』、『暗黒の世界』のレコーディングに参加。クリムゾン加入後、彼にとって2度目のアメリカ・ツアー中の1974年7月1日のコンサートを最後に、精神的消耗と健康状態の悪化により脱退している。脱退後のアルバム『レッド』のレコーディングにはゲストとして参加した。1975年にはフランス人シンセサイザー奏者シリル・ベルドゥー率いるクリアライトに参加し、『Forever Blowing Bubbles』を発表する。その後は演劇音楽を担当したりヴァイオリン教師として活動、またアセンドというバンドなどで演奏していた。88年にダン・モウラー(ds)とジム・ジュン(g、b)のプロジェクト、ロウ・フライング・エアクラフトにキース・ティペット(p)と参加し、『Low Flying Aircraft』を発表している。

1980年代末からは、リーダーバンドとしてRadiusを結成し、またDavid Cross名義のバンドで活動するなど、自らのリーダー・シップによる活動を開始した。Radisuのアルバムは1988年から、『Arc Measuring』、『Sightseeing』、『Elevation』、『Dossiers』が、ソロ名義でのアルバムは1989年から、『Memos from Purgatory』、『Big Picture』、『Testing to Destruction』、『Exiles』を発表している。自身のレーベルNoisy Noisy Recordsも設立し、最近の作品はここからリリースしている。2004年8月に単身来日し、東京と大阪でソロライブを行う。2005年、入魂のソロ作『Closet Than Skin』を久々に発表、アルバム制作時のラインナップで来日公演を行った。2005年8月、再び単身で来日して、是巨人と千野秀一と共に演奏する予定。

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